安全教育も、危険予知活動(KY)も、ヒヤリハット報告も、朝礼も続けている。そうした職場で新しい取り組みを提案すると、上司から「教育もKYもやっている。これ以上、何を足すのか」と返される。安全部門のご担当者から、こうしたお話をよく伺います。
本稿では、Culture Design Program(カルチャー・デザイン・プログラム、CDP)がすでにある安全活動と何が違い、どう関わるのかを、決裁者の方へ説明できる形で整理します。導入後に何を見て確かめるかは、第1回「CDPが定着したかどうかは、何を見て確かめるのか」で扱っています。
結論
これは、新しい安全活動を増やす提案ではありません。すでにある取り組みが拠り所とする判断基準そのものを、担当者が変わっても揺らがない組織文化として設計する話です。安全教育、危険予知活動、ヒヤリハット報告、朝礼は、それぞれの役割を果たしています。CDPが扱うのは、現場で判断に迷ったときに立ち返る判断基準です。作業を「止めるか、続けるか」を決める基準は、その代表です。CDPはこの判断基準を言語化し、新しい会議体や帳票を作らずに、すでにある場で使われ続けるよう運用まで設計します。
01すでにある安全活動は、それぞれ何を担っているのか
すでにある安全活動は、それぞれ別の役割を担い、機能しています。
安全教育は、危険や正しい手順を「知る」場です。危険予知活動は、作業の前に潜んでいる危険に「気づく」場です。ヒヤリハット報告は、事故に至らなかった出来事を「表に出す」場です。朝礼は、大事なことを毎日「口に出す」場です。どれも欠かせない役割で、CDPはこれらの活動を続けることを前提にしています。
ただ、これらの活動のどれでも、各自に任されていることがあります。現場で迷ったときの判断基準、たとえば作業の途中で「ここで止めるか、このまま続けるか」を決める基準です。危険を知ることは教育で、危険に気づくことは危険予知活動でできます。けれども、気づいた危険を前に実際に作業を止めるかどうかは、一人ひとりの経験で決まっている場面が多く見られます。
02安全活動を増やしても、判断が揃わないのはなぜか
判断が揃わない場面の多くは、活動の量ではなく、止めるかどうかを決める判断基準が人によって違うところから生まれています。
同じ危険予知活動をしていても、「どこまでなら続けてよいか、どこからは止めるか」の判断基準が班長ごとに違えば、活動の回数を増やしても判断は揃いません。同じ会社の中でも部署が違えば判断基準が違い、ベテランと若手でも「危ない」と感じる基準は違います。こうした違いは、活動を足しても見えてくるものではなく、日々の判断の中に埋もれています。
この違いが見えやすくなるのは、人が入れ替わるときです。ベテランの班長が異動すると、その班で当たり前だった「ここで止める」という判断基準も、班長とともに班から失われます。後を継いだ班長は、自分の経験で判断基準を決め直すことになります。
作業を止めるかどうかをその場で決めるとき、判断を左右するものは大きく三つあります。一つ目は、納期や次の段取りに追われていて、止めると遅れること。二つ目は、疲れていること。三つ目は、止めたら周りにどう思われるかという気兼ねです。急ぐなと言っても現場は急ぎますし、疲れをゼロにすることもできません。会社が設計できるのは、三つ目だけです。
第1回では、三つ目が判断を左右した場面として、二人で運ぶ決まりの作業を、声をかけるのが申し訳なくて一人で運び、転んでしまう例を取り上げました。手順を知らなかったわけではありません。止めることや人に頼むことに気兼ねが生じる職場では、教育で知識を得ていても、その場で「止めましょう」「手伝ってください」と言い出しにくくなります。
必要なのは、活動の回数を増やすことではなく、その場で立ち返る判断基準を揃えることです。目指すのは、担当者が変わっても判断が揃う組織文化です。そのためには、判断基準そのものを、現場が使える形に組み替える必要があります。私たちは、この取り組みを「文化設計」と呼んでいます。
03すでにある場に、判断基準をどう持ち込むのか
新しい会議体や帳票は作らず、すでにある場に判断基準を持ち込みます。対象になるのは、朝礼、危険予知活動、ヒヤリハット報告です。いずれも、現場の日々の判断が話題に上る場です。
持ち込む判断基準は、まず現場の言葉で言語化し、一つずつ番号を振っておきます。番号があれば、「これは3番の場面ですね」のように、基準を短く呼べるようになります。ただ、言語化して配るだけでは、使われ続けるとは限りません。CDPが中心に置くのは、その基準が日々の場で使われ続けるための運用設計です。持ち込み方は、場ごとに次のように整理できます。
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すでにある場 |
持ち込み方 |
期待できる変化 |
|---|---|---|
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朝礼 |
前日に気になった作業や当日の注意点を、「これは3番の場面ですね」と基準の番号で話す |
指摘が人ではなく基準の話になる |
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危険予知活動 |
洗い出した危険ごとに、どの基準で作業を止めるかを書き添える |
班長ごとに違っていた止める判断を、同じ基準で話し合える |
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ヒヤリハット報告 |
既存の様式に「どの基準に関わるか」の欄を一つ足す |
現場が迷いやすい基準がどれかが分かる |
朝礼
持ち込み方
前日に気になった作業や当日の注意点を、「これは3番の場面ですね」と基準の番号で話す
期待できる変化
指摘が人ではなく基準の話になる
危険予知活動
持ち込み方
洗い出した危険ごとに、どの基準で作業を止めるかを書き添える
期待できる変化
班長ごとに違っていた止める判断を、同じ基準で話し合える
ヒヤリハット報告
持ち込み方
既存の様式に「どの基準に関わるか」の欄を一つ足す
期待できる変化
現場が迷いやすい基準がどれかが分かる
朝礼:基準の番号で話す
前日に気になった作業や当日の注意点を話すときに、「これは3番の場面ですね」と基準の番号で言えれば、指摘は相手への評価ではなく、基準の話になります。指摘する側の気まずさが減るため、基準が口に出る回数が増えやすくなります。
危険予知活動:危険と基準を結びつける
危険を洗い出したあとに、「この場面ではどの基準で止めるか」を一言書き添えます。班長ごとに違っていた止める判断を、同じ基準をもとに話し合えるようになります。
ヒヤリハット報告:欄を一つ足す
様式は作り直さず、「どの基準に関わるか」を書く欄を一つだけ足します。報告が集まると、現場が迷いやすい基準がどれかが見えてきます。迷いやすい基準は、その言葉を見直す手がかりになります。
持ち込む場を一度に増やす必要はありません。まずは毎日の流れに最も近い朝礼から始め、基準の番号で話すことが当たり前になってから、危険予知活動、ヒヤリハット報告へと広げる進め方もあります。
新しい場を作るより、今ある場に基準を持ち込むほうが、基準が口に出る回数は増えやすくなります。この回数は、第1回で扱った「先行指標」(事故件数などの結果より先に動く指標)そのものです。なお、回数を数える役割は管理側が担い、現場は基準を口に出すことに専念します。現場に集計作業を足すと、その負担でかえって口に出る回数が減るためです。
04「自社で対応する」場合、どこでつまずきやすいのか
自社で進めるという判断は、十分にあり得ます。その場合、つまずきやすい箇所はおおむね二つです。それぞれへの対策を先に決めておくと、進めやすくなります。
一つ目は、決めた判断基準の言葉が抽象的なまま配られることです。短く覚えやすい標語は大事ですが、どの場面で何を判断すればよいかまでは示していないことがあります。言葉は配られていても、結局は一人ひとりの経験で判断する場面が生まれます。
二つ目は、判断基準を決めたあとに、評価・会議・育成へ組み込まれず、元の進め方に戻っていくことです。決めた直後は話題に上っても、日々の評価や会議の議題、新人の育成の中で使われなければ、半年ほどで、その言葉を耳にしなくなる。こうしたお話は、業種を問わず伺います。
自社で進めるなら、次の三点を先に決めておくことをおすすめします。初めの二つはつまずきへの対策、三つ目は基準が使われているかを確かめるための取り決めです。
- 判断基準を、どの場面で何を判断するのかが分かる言葉で書く。
- 基準を決める段階で、評価・会議・育成のどこで使うかまで決めておく。
- 基準が使われた回数を誰が数え、何をもって使われていると判断するかを決めておく(第1回参照)。
05決裁者には、どう説明すればよいのか
決裁者には、CDPを「安全活動の予算を一つ増やす話」ではなく、「判断基準を個人の経験に任せたままにするか、組織に残すかの話」として説明します。
CDPをご検討いただいた結果、「既存の類似活動を継続する」「自社で対応する」「社内のシステム強化を優先する」と判断された例があります。CDPを安全施策の一つとして、今ある活動と並べて比べれば、いずれも自然な結論です。
安全施策の一つとしてではなく、判断基準をどう残すかという軸で比べると、問いが変わります。今ある判断基準は、担当者が変わったとき誰が引き継ぐのか。この問いに答えられる仕組みがあるかどうかが、説明の中心になります。担当者が変わっても揺らがない判断基準が組織に残ることは、判断が特定の人に頼りきりになるリスクを避ける投資として位置づけられます。
ご担当者が上司へ説明するときは、次の順に話すと、何の話かが伝わりやすくなります。
- すでにある安全教育・危険予知活動・ヒヤリハット報告・朝礼は、そのまま続ける。
- 足すのは活動ではなく、それらの場で立ち返る判断基準と、それを使い続ける運用である。
- 判断基準は担当者が変わっても組織に残り、使われているかどうかは、基準が口に出た回数で確かめる。
効果をどう確かめるのかと問われたときは、第1回の指標の考え方がそのまま使えます。何が違うのかを本稿で、どう確かめるのかを第1回で説明すれば、決裁者の方への説明は一式揃います。
06よくある質問(FAQ)
Q1.危険予知活動(KY)とCDPは、何が違うのですか。
扱う対象が違います。危険予知活動は、作業に潜む危険に気づくための場です。CDPが扱うのは、気づいた危険を前に「止めるか、続けるか」を決める判断基準と、その基準が使われ続ける運用です。両者は並べて比べるものではありません。危険予知活動の項目に判断基準を書き添えると、危険に気づいたその場で、止めるかどうかを基準に沿って判断できるようになります。
Q2.すでにクレド(行動指針)がある場合も、関係しますか。
関係します。CDPはすでにあるクレドの言葉を生かすことを基本に、それが迷ったときに現場で立ち返る判断基準として使われているかを確かめるところから入ります。使われる場面が少なければ、その言葉を現場が使える形に組み替え、日々の場で使い続ける運用を設計します。ゼロから作り直すことを前提にはしていません。
Q3.安全部門以外の部署にも関係がありますか。
あります。CDPの対象は、全社・部門といった単位や、安全・品質などの領域のうち、ご相談いただく組織が求める範囲で定めます。品質の判断や顧客対応のように、同じ状況でも人によって判断が分かれる領域であれば、同じ考え方を当てはめられます。
Q4.外部に頼まず、自社で設計することはできませんか。
できます。その場合は、本文で挙げた三点(場面と判断が分かる言葉にする、使う場を決める、数え方を決める)を先に決めておくと、途中で進まなくなるのを防ぎやすくなります。なお、CDPでも判断基準を設計するのはご相談いただいた組織の方々ご自身で、私たちはその工程に伴走する形をとります。外部に任せきりにするか、自社だけで抱えるかの二択ではありません。
Q5.第1回で扱った指標とは、どうつながりますか。
日々の場で判断基準が使われた回数が、第1回でいう「先行指標」(事故件数などの結果より先に動く指標)になります。朝礼で基準の番号が出た回数、危険予知活動で基準が書き添えられた件数、ヒヤリハット報告の基準欄が記入された件数がその例です。今ある場に持ち込むほど、新しく数え始めるものを増やさずに済みます。
※本稿の考え方は、グループ60名規模の組織で10年以上実践・検証してきた方法論をもとにしています。
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